なんでわかってくれないの?
どうしてあの人はいつもそうなの?
そんなふうに、人に対して期待しては落ち込んだり、
腹を立てたりすることはありませんか。
人間関係の悩みの多くは、
実は「期待」と「現実」のギャップから生まれます。
今日は、人に期待しすぎてしまう自分と向き合い、
少しずつ心が楽になるための考え方をご紹介します。
期待するのは悪いことじゃない
まず知っておきたいのは、
期待することは人間として自然なことだということです。
わたしたちは相手に「こうしてほしい」という願いを持つことで、
安心したり、未来を思い描いたりするからです。
仏教では「期待や執着は苦しみの原因になる」と説かれますが、
同時に「心が願いを持つこと自体は自然」だとも言えます。
大切なのは、期待に縛られて苦しまないようにすることです。
”期待”と”現実”のギャップに気づく
人間関係でモヤモヤするときは、あなた自身に
「わたしは相手に何を期待していたのか?」
と問いかけてみましょう。
おすすめは、実際に紙に書き出してみることです。
例えば…
やさしい言葉をかけてほしかった
連絡をもっとしてほしかった
仕事で協力してほしかった
わたしの努力を認めてほしかった
このように「期待のリスト」を書き出すと、
なぜつらいのかが見えてきませんか?
怒りや悲しみの正体は、叶わなかった願いの数々なのです。
感情の奥を深掘りする
さて、ここからが大事なステップです。
この、期待が叶わなかったときに、
心の奥には一体どんな思いが隠れているでしょうか?
「わたしは大切にされていないのでは」という不安
「ひとりぼっちかもしれない」というさみしさ
「もっとわかり合いたい」という切実な願い
期待が裏切られたときに湧く怒りは、
実はとてもやさしい感情の裏返しです。
そこで、ぜひあなた自身に、
「わたしは大切にされたかったんだね」
「わかってほしかったんだね」
「大丈夫、わたしはあなたのことを良くわかっているよ」
と、自分に声をかけると、
心は少しずつ落ち着いていきますよ。
相手の立場を想像してみる
期待がかなわなかったとき、わたしたちは
「相手はわざとそうしているのではないか」と思ってしまうことがあります。
(これも修行…?)
ですが、相手にも事情や限界があります。
忙しくて余裕がなかった
気づいていなかった
相手も不安や悩みを抱えていた
仏教では「縁起(えんぎ)」という考え方があります。
人の行動は、無数の原因と条件が重なって生まれるもの。
「この人がこうしたのは、たまたま今の条件が重なったから」
と考えると、心が少し軽くなるのではないでしょうか。
期待の手放し方
期待を完全になくすことはできませんが、
ゆるめることはできます。
「相手はこうするべき」という言葉を、「こうしてくれたらうれしいな」に言い換える
相手の反応ではなく、自分ができることに意識を向ける
いっそのこと「そうくるか~」と、笑い飛ばしてみる
注意してほしいのは、
期待を手放すのは相手をあきらめることではなく、
自分を解放することです。
そうは言っても、
「簡単に期待が手放せられたら苦労はしないよ」と思いますよね。
(わたしは思います)
そこで次の章では、
期待をゆるめる練習をしつつ、
でもその中で期待をしてしまって
苦しくなったときの対処法をご紹介しますね。
自分に与える
相手に期待して、
でも現実とのギャップに苦しんだときは、
相手にしてほしかったことをあなた自身にしてあげるのがおすすめです。
やさしい言葉をかけてほしかった → 自分にやさしい言葉をかける
気にかけてほしかった → 自分の体調や気持ちを気にかける
ほめてほしかった → 自分で自分をほめる
「人からの愛情が足りない」と思ったときは、まず自分で自分を満たしましょう。
その分だけ、期待の重さが軽くなりますよ。
まとめ
人に期待する気持ちは、
わたしたちが人とつながりたいと願う、健やかな心のあらわれです。
その気持ちは否定しないであげてください。
ただし、期待が大きすぎると苦しくなるのも事実です。
- 期待と現実のギャップに気づく
- 感情の奥にある願いを見つめる
- 相手の立場を想像して、期待をゆるめる
- 自分に愛情を与えて満たす
こうしたプロセスを少しずつ積み重ねると、
人間関係のしがらみがやわらぎ、心が軽くなります。
ブッダの言葉に「人は鏡のようなもの」という教えがあります。
自分の心がやわらぐと、
不思議と相手との関係もやさしいものに変わっていきますよ。


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