見えている世界は、心がつくる|心理学で読み解く“色即是空”

シリーズ「般若心経」

静かな朝、カーテンのすき間から光が差しこむ。

昨日と同じ部屋、同じ風景のはずなのに、
心が穏やかな日は、世界までやさしく見える。

反対に気分が沈んでいると、同じ光がやけに冷たく感じる。

不思議ですよね。

わたしたちは同じ世界を見ているようで、
実は“心がつくりだした世界”の中で生きているのかもしれません。

この記事では、『般若心経』の中でも特に有名な一節である
「色即是空・空即是色」を心理学の視点から読み解きながら、
“かたち”にとらわれない生き方について考えていきましょう。

「色即是空・空即是色」とは?

『般若心経』にある「色」とは、形あるもの、
つまり目に見えるすべての現象を指します。

人間関係や感情、言葉、思い出、体の感覚──それらもすべて「色」。

そして「空」とは、実体を持たないこと。
すべては移ろい、固定された存在ではないという意味です。

つまり、『般若心経』にある「色即是空・空即是色」とは、

形あるもの(色)は実体のないものであり、実体のないもの(空)が、形をとって現れている

ということ。

少しむずかしく聞こえるかもしれませんが、要するに、

わたしたちが“現実”と思っているものは、すべて関係性と心の働きによって成り立っている

という教えなのです。

心理学が教える「世界は心がつくる」

実は心理学の世界でも、似たような考えがあります。

たとえば認知心理学では、

人は現実そのものではなく、“自分の解釈した現実”を生きている

といわれます。

同じ出来事でも、受けとり方が違えば、感じ方も変わる。
雨の日を「憂うつ」と思う人もいれば、「静かで落ち着く」と感じる人もいる。

つまり、出来事はただの“現象”でしかなく、
そこに意味づけをしているのは、わたしたちの心なのです。

『色即是空』の“空”を知ることは、

現実のすべては、心のフィルターを通して見えている

という、気づきを得ることに似ています。

執着を手放すことで、心は軽くなる

「空」を理解すると、わたしたちの苦しみの多くが、
実は“執着”から生まれていることに気づきます。

  • こうあるべき
  • こうしてほしい
  • これはわたしのもの

そうした“かたち”へのこだわりが強いほど、
心は動けなくなり、苦しみを感じやすくなります。

でも、“空”の視点から見ると、
その「かたち」も「関係」も、すべてが一時的なもの。

変わり続けることこそが、この世界の自然な姿なのです。

「変わらないように」ではなく、「変わっていくことを受け入れる」

それが、“空”を生きるということ。

日常で“空”を感じる小さな練習

たとえば、今日の自分の気分を観察してみてください。

「今、少し疲れているな」と感じたら、
“疲れ”という感覚に「良くない」とラベルを貼らず、
ただ「そう感じている自分」を見つめてみる。

呼吸をゆっくり感じながら、
「ああ、これも移ろっていくひとつの現象なんだな」と受け入れる。

そうすると、少しずつ心がほどけていくのを感じられるでしょう。

“空”を実践するとは、
何かを否定することではなく、ただそのままの”いまここ”を見つめること。

それだけで、世界の見え方が静かに変わっていきます。

まとめ

「色即是空・空即是色」は、この世界のすべてがつながり合い、
一瞬一瞬を新しく生きているということを教えてくれます。

“かたち”にとらわれず、変化を受け入れることで、
心は少しずつ自由を取り戻していく。

わたしたちは、
見えている世界のすべてを、
自分の心の色で染めているのです。

次回予告:
次回は、「受け入れる」というテーマでお届けします。

“空”を理解したその先にある、
「ありのままを見つめる」という優しさについて、ゆっくりとたどっていきましょう。

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